ちなつ「あかりちゃん地球を救う」【未完】

ちなあか? いきおいだけで書こうとした。


ちなつちゃん。あかり、失敗しちゃったよ、とあかりちゃんは言った。
「世界」は漂いはじめたよ。
あかりちゃんの言ったとおり、その日から「世界」は漂いはじめ、目的地のない航海に出発した。
小さな舟のような頼りない私たちの「世界」は、漕ぎだした外海の波に揺られて何度も転覆しそうになった。
「世界」には羅針盤もなく帆柱もなく舵もなく食料もなくて、私たちは絶望的な遭難者だった。
でも大丈夫、私とあかりちゃんなら海に釣り糸をたれて、食べるためのお魚をとれる。
行く先がわからなくても、この「世界」はきっとどこかの陸地に私たちを連れて行ってくれる。
だから大丈夫、あかりちゃん。心配しないで。

だけど、あかりちゃんは首を振って言う。
ううん、だめなの。
ちなつちゃん、よく聞いて。
もう「世界」は漂いはじめてるよ。
ぜんぶあかりの失敗のせいなの。
あかりはなんども失敗を取り戻そうとしたけど、だけどだめなの。
誰かが借りたお金は、べつの誰かが返さないといけない。
この「世界」ではあかりがやった失敗はあかりの手では取り戻せないの。
ちなつちゃん、もう「世界」は壊れちゃった。
この「世界」を修復して、元の港にしっかりつなぐことができるのはちなつちゃんだけだよ。
皆を助けられるのはちなつちゃんだけなの。
ごめんね、ちなつちゃん。
もうすぐあかりはあの「黒いひと」たちに連れられて、「黒いひと」たちの仲間になってしまう。
ごめんね、あかりにはなにもできない。
ちなつちゃん、あかりをさがして。
あかりをみつけて。
迷子になっちゃったこの「世界」を助けてあげて。

そしてあかりちゃんはあの「黒いひと」たちに連れ去られた。
そして「世界」は夢に満ちたパステルカラーをうしなって、叫びのような原色と白と黒の「ごちゃごちゃ」に変わり果てた。
その日から砂糖菓子の匂いはどこからもしなくなった。
結衣先輩のおいしいオムライスの香りも、騒々しい京子先輩の笑い声も消え果てた。
べつの意味ではそれらは消えはしなかった。
しかしほとんど消え果てたも同然だった。
それらはすべて元あった色をうしなってわけもわからず泣き叫ぶ子どものような「ごちゃごちゃ」になったのだ。
「世界」は漂っている。迷子になっている。
わかったよ、あかりちゃん。
私はあかりちゃんを見つければいいんだね。
そうすれば「世界」は元に戻るんだね。
そうすればあかりちゃんを私たちの場所に取り戻すことができるんだね。

だけどあかりちゃん、君が消えた日からずっと子どものままの私には、それは困難な旅になるよ。

 ◆

「黒いひと」たちについては私はほとんどわからない。
だけど、あいつらがあかりちゃんを連れて行っちゃったことだけは確かだ。
その日からあかりちゃんは「どこにも」いなくなった。
あかりちゃんは「世界」に属さないものとなった。

 ◆

話は手紙から始まる。
少なくとも、何かが起こっていることに私が気づいたのは、あるいはその予感を得たのは、手紙からだった。

手紙を見つけたのは、あかりちゃんの家へお泊まりに行くために玄関を出るときのことだった。
手紙は郵便受けの上の目立つ場所に、するどい自己主張をして座っていた。
私は直観的にそれを結衣先輩から私へのラブレターだと思い、あわてて手紙を開いた。
手紙は封筒には入れられずに、むき出しのまま、字の書いた面を内側にして綺麗に折りたたまれていた。

以下が手紙の内容。

『ぜんぶりかいしたら、こうえんにきて。
 あなたはえらばなくちゃいけない。
 はやく「世界」をもとにもどさないと
 たいへんなことになっちゃいます。
 チー』

文面は幼いこどもの字で書かれている。
私は「ううむ」と唸り、もう一度手紙を最初から読んで、再び唸った。
私は次のことを理解、発見および推測した。

(1)この手紙を書いたのは結衣先輩ではない(私の直観が外れることもある)。誰かわからないが、小さな子どものしわざだ。
(2)この紙は便箋ではなく、ノートのページを正方形に切り取ったものである。
(3)手紙は虹色のインクで書かれており、ちょっと読みにくい。
(4)字がへただ。勉強が得意でない子どもが書いたに違いない。
(5)「世界」という字だけ漢字で書かれている。
(6)ええっと、このくらいか。

たぶん、近所の子どものいたずらか何かだろう。
なんとなく気味の悪いものを感じつつも、そのときはそれ以上気にしないことにした。
あとで捨てようと思い手紙をポケットに入れて、あかりちゃんの家へと急いだ。

 ◆

ピンポーン。
あかりちゃんの家のチャイムはあかりちゃんの声そのもののように明るく響いた。
「はーい」
なかからあかりちゃんの元気な足音が聞こえて、それから玄関の扉が開く。

「こんにちは、あかりちゃん」

「いらっしゃい、ちなつちゃん。上がってぇ」

「はい、これ。うちのお姉ちゃんから、あかりちゃんにってさ」
私はスリッパに履き替えながら、持ってきたおみやげのケーキの箱をあかりちゃんに渡す。

「わっ、ありがとぉ」


 ◆(櫻子ちゃん、『世界』と『宇宙』について語る)

「『宇宙』とは『世界』がそのなかで泳ぐ大きなプールのようなものだ」
と、櫻子ちゃんは平坦な声で言った。
「『世界』は『宇宙』の決まった航路を、与えられた可能性の枠内で進んでいる。『世界』内の存在である私たちには『ここ』で起こっていることがすべてだが、より大きな視点に立てば『宇宙』にはもっと多くの可能性が存在し、その具体的な表現である『世界』が…」

「ちょっと待って」
私はどうしても我慢できずに櫻子ちゃんの台詞を遮った。
「櫻子ちゃん、いつもとキャラちがくない?」

「……宇宙のなかで泳ぐ無数の『世界』のそれぞれには『選択肢』という分岐点に来たとき、『選択肢』のどちらに進むかの自由が与えられている」

「あ、あなた誰!?ぜったい櫻子ちゃんじゃない!」
なにが起こっているのかはわからないけど、それだけはたしかに言える。
こいつは櫻子ちゃんじゃない。
私の知ってる櫻子ちゃんは……いや、うん、まあ、とにかくこんなしゃべり方はしないはずだ。

「安心しなさい。私はたしかに君の知っている大室櫻子だ」

「嘘だよ、しゃべり方が明らかに不自然だもん!」
私は全身に鳥肌が立つのを感じた。
なんというか、五分前に産まれたばかりの赤ちゃんが「母上さま、差し支えなければおっぱいを頂きたいのですが」と丁寧な口調でしゃべり出す、というような不気味さだ。

「櫻子の言っていることは本当ですわ」
と、横で呆れた顔で私たちのやりとりを見ていた(主に櫻子ちゃんの顔を見つめていたのだが)向日葵ちゃんが言った。

こっちの向日葵ちゃんはホンモノっぽく見える。
でも、ニセモノの櫻子ちゃんといっしょにいて、ニセモノをホンモノだという向日葵ちゃんは、果たしてホンモノなのだろうか?
もしこの向日葵ちゃんがニセモノじゃなくてホンモノの向日葵ちゃんなら、ニセモノの櫻子ちゃんがニセモノであることをすぐに見破るはずだし(向日葵ちゃんにはそういう能力がある)、ということは、この向日葵ちゃんも一見ホンモノっぽいニセモノ?
それとも実は、このいかにもニセモノっぽい櫻子ちゃんが意外にもホンモノの櫻子ちゃんなの?
そんなはずない。
「もう、わけわかんないよ。どういうことなの、向日葵ちゃん?」

「今は緊急事態だから、多少の違和感には目をつぶって頂きたいですわ」

「緊急事態?」

「私たちはたしかに吉川さんの知っている古谷向日葵と古谷さくら……もとい、大室櫻子ですけど、べつの意味では違うんですの」
なにか一瞬、向日葵ちゃんの口から将来に関する願望が飛び出た気がするけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。

「今『世界』は危機に瀕している」
櫻子ちゃんらしき人が向日葵ちゃんの説明を引き取った。
「現在、私と向日葵の可能性の領野にはちなつちゃんが『世界』を修復するのを援助するためのパターンが組み込まれている。だから今の私は大室櫻子であると同時に『世界』を修復する意志の代理人として行動している。大室櫻子が知り得ないことを今の私は語るが、それはそのように後押しするエネルギーの作用による。物を高いところまで持ち上げて手を離せば、地面に向かって自然に落下していく。今の私たちはちょうどそのような状態だ。この事態によって引き起こされたエネルギーが、ちなつちゃん、君を手助けするよう私と向日葵を動かしている。それは物が落下するように自然な現象だ。君が感じる違和感はそのせいだろう」

私の頭は混乱してきた。

「よくわからないけど、つまりこの変なしゃべり方をしてる櫻子ちゃんは、ほんとうのほんとうに櫻子ちゃんってこと?」
私はそれ以上、その櫻子ちゃんらしき人の目を見て話す自信がないので、向日葵ちゃんに向かって話すことにした。
「でも、向日葵ちゃんの方はぜんぜんいつもと変わんないけど。どうして櫻子ちゃんだけ変なの?」

「たぶん、この子のアタマが悪いせいですわ」
と、向日葵ちゃんは言った。
「アタマが空っぽだから、催眠術にかかりやすいとか、そんなところ」

その発言を聞いても櫻子ちゃんは顔色一つ変えずにじっとしている。
あの櫻子ちゃんが向日葵ちゃんに突っかからないなんて。
うーん、やっぱり不気味だ。
というか、櫻子ちゃんっておとなしくしてると、綺麗な顔してるんだな……。


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