撫子「そして姉になる」【未完】

そして父になるパロ。京子ちゃんと櫻子が病院で取り違えられてた設定。


いつまでも一緒にいられると思っていた。

それが当たり前だと思っていた。

永遠なんてないと知っていたのに。

少なくとも、終わりがこんな形でやってくるとは思ってもいなかった。

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 ◆ ◆ ◆

櫻子「——だから悪かったって言ってるじゃん!」

撫子「あんた、本当に反省してるの?」

櫻子「あーもう、ねーちゃんはうるさい!」

撫子「っ……櫻子!」

撫子は激高して叫ぶ。
上の妹との間で、姉妹喧嘩なんて珍しいことじゃなかった。
それでも、その日の怒りは特別だった。


あとになって思えば、なんでもないこと。
櫻子がいつものように、料理の当番をサボって遊びに行って帰ってこなかった。

ただそれだけ。
別に、大したことじゃない。
自分が代わりに料理を済まして、あとで呆れた顔で注意をすればそれで終わるようなことだった。
サボることはしょっちゅうだけど、あの子だってその埋め合わせくらいはする。
なのにどうしてあんなに怒ってしまったのだろう。
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たまたま、そういうことが続いたから?
その日の櫻子の態度がよくなかったから?
それとも、近頃自分が試験でいい結果を出せていなかったことの八つ当たりだったのか。

撫子「あんたは、どうしていつもそうなの」
熱い怒りが、強い言葉を吐き出させる。

櫻子「……なんだよ!」

撫子「いつもいい加減で、だらしがなくって……こないだのテストだって、ひどい点数だったね」

櫻子「そんなの今関係ないじゃん」

撫子「あるよ。あんたがだらしないからだよ。宿題しろって言ってもしない、
 料理の当番だってサボる、部屋の掃除だって何度言っても……」

櫻子「だって、それは、今度ちゃんとやろうって……」
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撫子「花子はちゃんとしてるっていうのに」

櫻子「うるさい」

櫻子の声は震えていた。
撫子が冷静ならそれに気付いていたろう。
冷静な状態なら、はじめからこんなことは言わなかった。

撫子「はあ、どうして姉妹のなかで、櫻子だけこんなに出来が悪いんだろうね」


反論が来ると思った。
しかし、帰ってきたのは水っぽい音だけだった。

櫻子「……ひっく」
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櫻子は泣いていた。

撫子「あ……」

言い過ぎた。そう思った。
それでも、先ほどまで身を駆り立てていた怒りと、涙を見たことのショックで、
謝罪の言葉はすぐに出てこなかった。
櫻子が小さいころは、何度も見た泣き顔。
弱々しい、見てるこちらまでズキリと胸を痛くさせるような。
小学校も高学年になってからは、そんな顔を見せる頻度も少なくなっていた。
自分の言葉のせいで、今またその顔がそこにある。

櫻子「きょ、今日は、……っく、ほんとにっ、忘れてただけなのに……そんな、ゆうことないじゃんかぁ……」

しゃくりあげながらの抗議の声に、熱くなっていた頭が急速に冷えていく。

撫子「……」

櫻子「ねーちゃんや花子にくらべて、頭悪いことなんか、わかってるもん……私だって!」
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それだけ言うと、櫻子は部屋を飛び出していった。

撫子「待って」

——ごめん、櫻子。
駆けていく背中に、それだけの言葉をかけることができなかった。

撫子「……なんだよ、もう」

最悪だ。
そう呟いた。
偉そうに説教をしておきながら、自分だって子供みたいだ。


花子「櫻子泣いてたし」

櫻子の代わりに、下の妹が驚いた顔で廊下から部屋に入ってきた。
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撫子「うん……ちょっと、喧嘩」

バツが悪かった。
言い争う声は部屋の外にも聞こえてたろう。
花子にもみっともないところを見せてしまった。

花子「どうせ櫻子が悪いんだし」

撫子「いや、今日は、私の方が言い過ぎた」

——あとで、謝らないと。

その機会が来ないなんて、そのときは知らなかった。
しかしそんなことは言い訳にならない。
後悔は、いつだって遅すぎる。
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……

しばらくしてから、櫻子の部屋のドアをノックした。

撫子「櫻子、入るよ」

室内では、櫻子がベッドにうつぶせになっている。

撫子「寝るんなら電気くらい消しなよ」

謝りに来たというのに、優しい言葉で喋れない。
自分も相当意地っ張りだなと思う。
妹のことなんか言えないくらい、いつまでたっても、子供で、バカだ。

ベッドの脇に腰を下ろすと、静かな寝息が聞こえた。

撫子「櫻子、寝てるの?」

返事はない。
規則正しく続く呼吸。
半分だけ見える顔は、目元が真っ赤に腫れあがっていた。
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そっと妹の頭に掌を載せる。
反応はない。

撫子「ごめん。姉ちゃんが言い過ぎたよ」

届かないと知りながら、声をかける。
こんなときじゃないと、素直に話せない。いつからこうなってしまったのだろう。

撫子「ゆるして、櫻子。あんたががんばってること、知ってるよ」

ごめん。
ごめんね。
いつも怒ってばかりで。
あんたのこと、素直にほめられなくて。
八つ当たりして。

撫子「じゃあ、おやすみ——」

返事がないのを確かめてから、蛍光灯のスイッチを切った。

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 ◆ ◆ ◆

翌日の土曜日、受験対策の補講に出るために撫子は朝早くに家を出た。
休みの日の補講なんて嫌うクラスメート(主にめぐみ)も多いが、
塾に通っていない身からすれば学校で対策ができるのはありがたい。

休みの日だから遅くまで寝ているのか、それとも自分より早く起きて出かけてしまったのか、
あれから櫻子と顔を合わせることはできなかった。
そのことが、授業中もチクリと胸を刺した。


「なーでしこっ」

放課後机に突っ伏していると、明るい声で名を呼ばれた。
だけどそれは、期待していた彼女の声じゃない。
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美穂「寝てるのー?」

撫子「起きてる」

美穂「もー授業終わったよ。帰らないの」

撫子「帰る」

美穂「やーん、なでしーなんか元気なーい」

撫子「そう見える?」

美穂「見えるー。いつものキャピキャピした撫子はどこ行っちゃったの〜?」

撫子「普段からキャピキャピなんかしてないと思うけど……妹と、喧嘩しちゃってさ」
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美穂「なんでー?」

撫子「普通、元気ない相手にそんなズケズケ聞く?」

苦笑しながらも、撫子はさきほどより明るさを取り戻している自分に気づいた。
美穂の悩みのなさそうな声を聞きながら、不機嫌な顔を続けるのは難しい。
そういう意味では、すごい友人なのかもしれない。

撫子「妹が食事作る当番をサボってさ、叱ったんだけど、イライラしててつい言い過ぎちゃって」

あー、わかる。
そういうときってあるよね〜。

わかっているのかいないのか、ニコニコとした顔で友人は言う。

美穂「撫子、最近なんか疲れてるみたいだしー」

撫子「そうかな。そう、かも。模試も近いし、勉強がんばらなくちゃいけないしさ」

美穂「なんでー?」

撫子「なんでって……勉強して、いい大学行きたいし」
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美穂「なんでー? 無理して勉強するくらいなら、楽して入れるトコでよくない?」

撫子「私はいい大学入って、いい会社に入りたいから」

美穂「無理してまで?」

撫子「無理はしてない」

美穂「ふーん。それって、撫子がめぐみと付き合ってることと関係あるの?」


は?
自分は今、なにを言われたんだ?

私が、めぐみと付き合っている……。


撫子「あ……」

美穂の言葉を理解し、瞬時に顔が赤くなって、それから蒼白になった。
やばい。
どうして。ばれた?
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美穂「あ、隠さなくていいよ〜。言いふらしたりもしないし」

撫子「な、なんで……」
撫子は視線を巡らして、周囲に聞いている人間がいないか確かめる。
大丈夫、もう誰も教室にはいない。


美穂「なんかわかるっていうかー。あたしも、そっちの人間だし?」

撫子「そっち?」

美穂「ビアン?」

「嘘だろ」と思いつつ、「ああ、なるほど」と心のどこかで納得もする。
なんとなく、思い当たる節は山ほどある。
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撫子「私は別に、同性愛者ってわけじゃないけど……」

美穂「えー、だって付き合ってるんでしょ?」

撫子「付き合ってるなら、そうなのかな?」

美穂「まー、そんなのどうだっていいんだけど〜。そういうわけで、あたしと浮気しない?」

撫子「しないよ。どういうわけなの」

美穂「だってー、撫子かわいいから狙ってたのにー、めぐみに取られちゃって、美穂悔しいっていうか〜」

撫子「……美穂も『そう』なら、わかるでしょ」

友人の戯言を無視して、話を元に戻す。

撫子「女同士ならさ、親にも認められないかもしれない。自分たちだけで生きなくちゃいけない。
 だったら、なるべくいい職について、安定した暮らしがしたいっていう……」
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美穂「それって、なんかおかしくない?」

撫子「……どこが?」

美穂「だってー、あたしには撫子が一人で無理してるようにみえるよ?
 二人で生きていくんなら、めぐみにも頼ればよくない?」

撫子「ああ……だって、あいつを見てるとなんかほっとけないっていうか……」

あいつの顔を見てると、自分がしっかりしなきゃという気持ちになる。
なんでだろう。

美穂「えー?それって惚気?撫子だいたーん」

うるさい。

美穂「うーん、まあ撫子がそういうんならいいや。撫子の人生だしー。
 あたしなら、貴重な高校生活を精いっぱいエンジョイするほうがいいと思うんだけどー。
 気付いたら勉強が恋人だった、なんてことにならないように注意してね〜」

撫子「やなこと言うね」

美穂「あーん。イジワル言ってるんじゃないよ? これは親切なお姉さんからの忠告。
 大事なものなくしてからじゃ、遅いからね。あっ、あたしもう帰るから、バイバーイ」
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 ◆ ◆ ◆

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