向日葵のキスは甘くなんてない

向日葵のキスは甘くなんてない
ジャンル:ゆるゆり お題:愛すべき失敗 制限時間:15分
2014年10月 即興で書いたやつ。


はじめてのキスは血の味だった。
「あいたー!」
私は唇を抑えて叫ぶ。
「噛むなよ、バカ向日葵!」
「なっ、噛んでませんわ!」
「もーやだー」
至近距離にある向日葵の顔を押しのけて、ごろりと床に寝転がる。
「ちょっ、櫻子……」
「もー、いーよ、向日葵」
こんなのって最悪。
キスは甘いって漫画に書いてあったから、本当かどうか試してみたかっただけなのに。
甘い味なんてぜんぜんしない。
櫻子様の教訓。漫画に書いてあることは、ほんとうとは限らない。
「あーあー、現実もキスも甘くないなー」
私はひとりごとをつぶやく。
「なによ……」
それを聞きとがめて、向日葵が言う。
怒ってるみたいな声だ。
「悪かったですわよ、甘くなくて。ちょっと失敗しただけなのに……私だって」
「ぶつぶつ言うなよなー」
「あなたが最初に……」
「あーもう、うるっさいなー!」
ガバリと起き上がってうるさい女を睨む。
「……」
怒鳴りつけてやろうと思ったのに、言葉がのどの奥で消えてしまった。
「なんですの、バカ櫻子。人の顔をそんな風に見ないでほしいですわ、バカ」
向日葵はいつもみたいに勝ち気な声で私のことをバカバカと言う。
瞳には涙をいっぱいにたたえながら。
「向日葵……泣いてんのか?」
「泣いてません!泣くはずありませんわ!」
「いや、どう見たって泣いてるし」
「むしろ泣いてるのは櫻子でしょう!?」
「なんでだし、私泣いてなくね!?……いや、ほんと、マジさ……なんか、ごめん……泣くなよ」
「泣いて……ないって、言ってるのに……」
向日葵は腕で顔を覆い隠す。
私はおずおずと向日葵に近寄る。
向日葵の身体中から、悲しみの気配が漂ってきて、動揺してしまう。
身体を震わせて嗚咽を漏らす今の向日葵の姿が、記憶のなかの小さな女の子の姿と重なる。
あ、ひまちゃんだ。
ふとそう思った。
ひまちゃんがここにいる。
そうだ。
昔から向日葵はこうだった。
大人っぽくて、私になんでも教えてくれるのに。
ちょっとうまくいかないことがあると、すぐに泣きだしてしまう女の子。
かわってない。
いつもガミガミうるさくって、喧嘩ばっかりしているから、そんなことも忘れてしまった。
向日葵がずっと昔から、同じ『ひまちゃん』だってこと。
「向日葵、ごめん」
「うるさい、ですわ」
「なあ、腕どけて」
「いや」
「泣いてないんだろ?顔みせてよ」
「いや、いや」
「いいから見せろ」
らちが明かないので向日葵の腕を乱暴にひっぱって、顔を上げさせる。
「あはは、すげえ顔」
「死ね」
向日葵は抵抗もせずに、鬼のような目で私を睨みつける。
「オブラートに包めよ」
「死ね、死ね!」
そのうるさい口をふさぐ。
今度は私から。
もう失敗しないように。

キスが甘いなんて嘘だ。
はじめてのキスは、とてもしょっぱい。
それから、胸が痛くて。
泣いてしまう彼女が。
泣かせてしまった彼女のことが。
たまらなく愛おしい。


終わり。

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